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東京地方裁判所 昭和56年(レ)249号 判決 1985年6月25日

昭和五六年(レ)第二四九号事件控訴人

同年(レ)第二五一号事件被控訴人(第一審原告)

日東光学株式会社

右代表者

中野芳郎

右訴訟代理人

菊池利光

昭和五六年(レ)第二四九号事件被控訴人(第一審被告)

森下三郎

昭和五六年(レ)第二五一号事件控訴人(第一審被告)

浅見久夫

右両名訴訟代理人

植木敬夫

岡部保男

主文

一  第一審原告の控訴を棄却する。

二  原判決のうち第一審被告浅見久夫敗訴の部分を取消す。

三  第一審原告の第一審被告浅見久夫に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一審原告と第一審被告森下三郎との間においては控訴費用を第一審原告の負担とし、第一審原告と第一審被告浅見久夫との間においては第一、二審を通じて第一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  昭和五六年(レ)第二四九号事件

1  控訴の趣旨(第一審原告)

(一) 原判決のうち第一審原告敗訴の部分を取消す。

(二) 第一審被告森下三郎は、第一審原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち同目録(一)の部分を明渡し、かつ昭和五六年五月一六日から明渡ずみまで一か月金一万円の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一審被告の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告森下三郎)

主文第一項同旨

二  昭和五六年(レ)第二五一号事件

1  控訴の趣旨(第一審被告浅見久夫)

主文第二、三項同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告)

(一) 第一審被告浅見久夫の控訴を棄却する。

(二) 訴訟費用は第一、二審を通じて第一審被告浅見久夫の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)はもと訴外後藤テヤウが所有していた。

2  第一審原告(以下「原告」という。)は、後藤に対し、一〇万円の敷金返還請求権及び一〇万円の有益費償還請求権並びに三〇万円の事務処理費用償還請求権を有していたものであるところ、昭和三七年五月一五日、原告と後藤との間で、後藤が右債務の支払に代えて原告に本件建物を譲渡する旨の契約(以下「本件代物弁済」という。)を締結した。

3  第一審被告森下三郎(以下「被告森下」という。)は、本件建物のうち別紙物件目録(一)の部分(以下「本件建物部分(一)」という。)を昭和三七年一〇月以降占有している。

4  第一審被告浅見久夫(以下「被告浅見」という。)は、本件建物のうち別紙物件目録(二)の部分(以下「本件建物部分(二)」という。)を昭和三八年三月四日以降占有している。

5  本件建物部分(一)の賃料相当額は月一万円であり、本件建物部分(二)の賃料相当額は月一万七〇〇〇円である。

6  よつて、原告は、所有権に基づき、被告森下に対し本件建物部分(一)の明渡し及び昭和五六年五月一六日から明渡しずみまで一か月金一万円の割合による損害金の支払を、被告浅見に対し本件建物部分(二)の明渡し及び昭和五六年五月一六日から明渡しずみまで一か月金一万七〇〇〇円の割合による損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。本件建物の譲渡は担保の趣旨でなされたものである。また本件建物部分(二)は本件建物とは全く独立した一個の建物であり右契約による譲渡対象に含まれていない。

3  同3ないし5は認める。

三  抗弁

1  被告森下

(一) 被告森下は、昭和三五年四月ころ、後藤から本件建物部分(一)を賃料一か月一万円で期限の定めなく賃借し、直ちに引渡を受けた。

(二) 仮にそうでないとしても、後藤は、昭和三五年四月ころ、本件建物部分(一)を訴外笹島惣七(以下「笹島」という。)に(一)と同様の約定で貸し渡し、そのころ、被告森下は後藤の承諾のもとに右賃借権の譲渡または転貸を受けたものである。

(三) 仮にそうでないとしても、被告森下は、昭和三五年四月以降本件建物部分(一)について後藤との間の賃貸借契約に基づき占有し、賃料を支払つてきたものであり、占有の開始時において無過失であつたから、昭和四五年四月末日をもつて、本件建物部分(一)の賃借権を時効により取得した。

2  被告浅見

(一) 被告浅見は、昭和三八年三月四日以降本件建物部分(二)について後藤との間の賃貸借契約に基づき占有し賃料を支払つてきたものであり、占有の開始時において無過失であつたから昭和四八年三月三日をもつて、本件建物部分(二)の賃借権を時効により取得した。

(二) 原告は、被告浅見の占有開始以来昭和四三年まで後藤に対して本件建物の所有権の主張を行わず、被告浅見に対しては本件訴訟提起まで一二年以上も被告浅見と後藤との間の賃貸借契約を容認してきているので、原告は、後藤に対し、被告浅見との間に本件賃貸借契約をする権限を黙示に賦与していたものというべきである。

3  被告らと原告との間で、昭和四七年一月中旬ころ、本件建物の敷地のうち各被告占有部分を被告らか所有者である訴外鈴木良武(以下「鈴木」という。)から買受け、本件建物については被告らか原告から各占有部分を無償で譲り受ける旨の合意が成立した。仮にそうでないとしても、原告は被告に対し所有権を理由に本件建物の明渡は主張しない旨の合意が成立した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち(一)は否認する。(二)のうち、後藤が笹島に同記載のころ本件建物部分を賃貸し、被告森下が転貸を受けていることは認めるが、その余は否認する。(三)は争う。

2  同2はいずれも争う。

3  同5の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  本件建物を後藤がもと所有していたこと(請求原因1)は当事者間に争いがない。

2  本件代物弁済の成立(請求原因2)について判断するに<証拠>を総合すると、以下のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  後藤は、原告に対し、昭和三六年一〇月一日付で、別紙図面(六)部分の敷地を月二二五円で賃貸し、更に右敷地部分の南東側に隣接する建物を月五〇〇〇円で賃貸して敷金一〇万円を受領した。また、後藤は、当時原告から借金をしていたことから、その返済方法として、昭和三六年一一月二四日付で、別紙図面(一)部分の建物を二二万五〇〇〇円で原告に売渡した。そのころ、原告は右賃借建物に増改築を施し三〇万円を費用として支出した。

(二)  当時後藤は、訴外城南信用金庫に本件建物を担保にして三〇万円の貸金債務を負つていたので、原告に対してその代位弁済方を依頼したところ、本件建物の所有権を原告が取得するのと引換えにすることを条件に原告は右申出に応じた。そこで、原告と後藤は、昭和三七年五月一五日付で、右代位弁済額三〇万円、及び前記敷金一〇万円、並びに前記増改築費用のうち一〇万円の合計五〇万円の弁済に代えて、本件建物の所有権を原告に移転する旨の契約書を作成した。そして昭和三七年一〇月一九日受付をもつて、本件建物につき右代物弁済を原因とする所有権移転登記が経由された。

(三)  後藤は原告に対し、昭和四三年に本件建物及び別紙図面(一)部分の建物についてなされた原告名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起したが、後藤から原告に対する前記売買及び代物弁済が認められ、後藤は請求棄却の判決を受け、右判決は昭和五〇年六月一三日確定した。

3  以上の認定事実からすれば、本件代物弁済の成立は明らかというべきである。もつとも、<証拠>によれば、原告は後藤に対し、昭和四〇年一一月二四日付で、後藤から前記代位弁済額の返済を受ければ本件建物は後藤名義に戻す旨の書面を差し入れていることが認められ、これは、本件代物弁済が担保の趣旨で行われたのではないかとの疑いを生じさせるものである。しかし、<証拠>によれば、本件建物の敷地所有者であつた訴外鈴木良武が昭和四〇年に後藤に対して建物収去土地明渡請求訴訟を提起し、被告浅見に対しても退去を要求する内容証明を出したことから、後藤らにおいて原告に依頼して書かせた書面が乙第九号証であることが認められ、前記認定事実に照らすと後藤らにおいて鈴木との交渉に利用する目的以上のものとは認められず、本件代物弁済の効力を左右するものではない。そして他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  つぎに、本件建物部分(二)が本件代物弁済の対象に含まれていたか否かについて検討するに、検証の結果、<証拠>によれば、かつて本件建物部分(二)の南側に製材工場が存し、本件建物部分(一)との間に木造の屋根を有する通路が存在し、その後、右通路と本件建物部分(一)及び右製材工場との間がそれぞれ壁で仕切られ、右通路部分の西側と東側に木造のさしかけが造られて本件建物部分(二)となつたこと。また、<証拠>によれば、本件代物弁済当時右通路部分の西側のさしかけ部分はすでに利用されており、本件代物弁済の対象物件としては登記簿と同様に五九坪と表示され、特に本件建物部分(二)を除外する意思が契約書上も窺われないことが認められ、これらの事実からすれば、本件建物部分(二)は、構造上も取引上も本件建物と一体をなしており、本件建物部分(二)も本件代物弁済の対象物件と認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  請求原因4(被告森下の占有)、同3(被告浅見の占有)の各事実は当事者間に争いがない。

二被告森下の占有権原について

1  <証拠>によれば以下の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  笹島は、昭和二三年ころから被告森下と知り合いであり、昭和二五年ころから後藤とも知り合いであつた。

(二)  笹島は昭和三五年四月ころ、被告森下を後藤に紹介し、本件建物部分(一)を被告森下において利用することを承諾させた。その際契約書は作成しなかつたが、賃料を月八〇〇〇円とし、被告森下が笹島に渡し、それを笹島が後藤に支払つていた。賃料はその後月一万円に増額された。

(三)  被告森下は、そのころから本件建物部分(一)において荏原部品製作所の名称で自動車部品製造業を営業した。笹島も当初本件建物部分(一)の一部を倉庫として利用していた。

(四)  被告森下は、当初家賃を笹島に対して支払つていたが、昭和四〇年ころからは笹島が営業不振に陥つたことから、直接後藤に支払うようになり、昭和四六年ころまで家賃を支払つた。

2  <証拠>により成立を認める乙第五ないし第七号証によれば、昭和三七年三月ないし五月ころ、既に荏原部品工業名義で自治会費等の領収書が発行されており、昭和三五年ころから被告森下が本件建物部分(二)を利用していたとする証人笹島の証言は十分信用できる。

3  <証拠>によれば、後藤から原告に対する本件建物についての抹消登記請求訴訟(前記認定のとおり昭和四三年に提起された。)において、後藤は本件建物部分(二)の占有者として笹島の名前を記載した書面を提出したこと、後藤が当時被告森下への貸借を否定する発言を行つたことが認められるが、前記認定事実のとおり、昭和四六年ころまでは後藤は被告森下を有効な転借人として扱つているのであるから、右のような事実があつたとしても、後藤が被告森下の転借権を承認していたことを左右するものではない。

4  以上の事実からすれば、昭和三五年四月ころ、後藤が本件建物部分(二)を笹島に賃貸し、後藤の承諾のもとに被告森下に賃貸し引渡されたこと(抗弁1(二))を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、前記認定のとおり原告が本件建物の所有権移転登記を備えたのは昭和三七年一〇月一九日であるから、それ以前に本件建物部分(二)を有効に転借し引渡を受けた被告森下は、その転借権を原告に対抗でき、その余の点を判断するまでもなく原告の被告森下に対する請求は理由がないことになる。

三被告浅見の占有権原について

1  <証拠>を総合すれば以下のとおりの事実が認められる。

(一)  本件建物はもと後藤が所有しており、その一部を原告、被告森下らに貸借していたものであるところ、昭和三七年五月一五日付で原告に代物弁済により所有権を移転し、同年一〇月一九日付でその旨の登記を経由した。

(二)  被告浅見は、不動産仲介業者を通じ、工場用建物として本件建物部分(二)を紹介され、昭和三八年三月四日付で後藤との間に賃貸借契約を締結し、そのころ本件建物部分(二)の引渡をうけた。その際、右不動産仲介業者は本件建物の所有者が後藤である旨説明した。

(三)  被告浅見は、その後後藤の承諾を受けて本件建物に増改築を施し、昭和三八年四月四日付で、増築後の建坪を基準とした賃貸借契約書を作成した。

(四)  被告浅見は、昭和四〇年ころ、本件建物の敷地所有者であつた鈴木から明渡を求める内容証明を受領したことから後藤に説明を求めた際、後藤側から本件建物が原告に担保に入つており、そのため原告名義に所有権移転登記がなされている旨告げられた。原告は後藤に対し、昭和四〇年一一月二四日付で債務を弁済すれば登記名義を戻す旨の念書を差し入れた。

(五)  後藤は、原告に対し、昭和四三年、本件建物についてなされた原告名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟を提起したが、昭和五〇年六月一三日に後藤の請求を棄却する判決が確定した。

(六)  被告浅見は、昭和四七年二月までは、賃料を直接後藤宛に支払つた。その後、後藤の原告に対する前記訴訟につき後藤敗訴の判決がでてからは後藤、原告の両名宛に賃料を供託し、昭和四八年三月分まで賃料の支払ないし供託を継続したことになる。

(七)  原告は、昭和四〇年ころ前記鈴木から本件建物の敷地の明渡請求の内容証明を受領するまで被告浅見の本件建物部分(二)への入居を知らず、右内容証明受領後、被告ら及び後藤も含めて対策を協議し、借家人において自己の使用する部分の敷地をそれぞれ買い取る方向で話し合いを行つた。その際原告は被告浅見に対して本件建物部分(二)からの退去を要求することはなかつた。

2  被告浅見は、昭和三八年三月四日以降、本件建物部分をもと所有者であつた後藤から賃借し、引渡をうけ、賃料の支払ないし供託を継続している。そして、前記認定事実の下では、被告浅見において、後藤が右賃借当時本件建物を所有していたと信じるについて過失がなかつたと認められる。

3  被告浅見の賃貸借契約締結前に既に後藤から原告への本件建物の所有権移転登記がなされていることからすると、被告浅見において右登記を確認しなかつたことは責められるけれども、被告浅見がもと所有者であつた後藤から有効な賃借権の設定を受けたこと、後藤は原告への所有権移転を担保の趣旨と考えており、原告自身それに沿うような書面を書いていること、原告は後藤から本件建物の一部を賃借していた者であつたこと、原告においても当時被告浅見に対し所有権を主張して明渡を求めるようなことがなかつたことなどからすれば、被告浅見において後藤を所有者と信じたとしても無理からぬ事情があつたというべきである。

4 以上の事実によれば、被告浅見は、昭和四八年三月四日の経過をもつて、本件建物部分(二)の賃借権を時効取得したものということができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、賃借権の時効取得が認められるためには、必ずしも所有者との関係で賃借権を有効に取得したと信じ、かつこのように信ずるにつき過失がなかつたことまでも要するものではなく、無権限者から賃借した場合でも、所有者との関係で賃借権の時効取得は認められるというべきである。

5  よつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告浅見に対する請求も理由がない。

四結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、原判決のうち、原告の被告森下に対する請求を棄却した部分は正当であり原告の本件控訴は失当であるからこれを棄却することとし、原告の被告浅見に対する請求を認容した部分は失当であるから民事訴訟法三八六条によりこれを取消して本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、原告と被告森下の間では同法九五条、八九条を、原告と被告浅見との間では同法九六条、八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大前和俊 裁判官高橋祥子 裁判官喜多村勝德)

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